わかなさんのお母さん。娘のわかなさんは、この秋から国立東華大学(社会学系)で学びます。※イラストはイメージです
「何かあったとき、すぐに駆けつけられるだろうか」。
沖縄・石垣島から娘を台湾へ送り出すお母さんの、いちばんの心配は安全でした。
それでも娘のわかなさんは、自分で調べ、自分で決めた道を進み、第一志望の国立東華大学(社会学系)を含む3つの大学に合格。
この秋から、台湾・花蓮で大学生活を始めます。
親子で意見がぶつかったこと、卒業式を迎えても出願すら始まっていなかった不安、それでも「応援するのみ」と決めた理由。
わかなさんのお母さんに伺ったお話を、対談形式でお届けします。
この記事でわかること
まずは、お母さんから見たわかなさんについて伺いました。
今日はわかなさんのお母さんにお話を伺います。
よろしくお願いします。
まず、わかなさんはどんなお子さんですか。
幼い頃は人見知りが激しくて、私のそばを片時も離れない子でした。
1歳下の妹に振り回されながらも、何かあれば妹を全力で守る、優しい性格です。
成長とともに好奇心が旺盛になって、ピアノのコンクール、水泳、英語、台湾へのホームステイ、海外への派遣事業と、自分からいろいろなことにチャレンジするようになりました。
人見知りだった子が、自分から海外に飛び込むようになったんですね。
その変化だけでも、すごい成長だと思います。
真面目で優しい性格ですが、要領が悪くて物事に時間がかかりすぎたり、周りの様子に気づけなかったりする場面もあります。
親としては、そこも含めて見守ってきました。
台湾留学との出会いは、地元・石垣島の新聞でした。
台湾留学という選択肢は、どこで知ったんですか。
はじめのきっかけは、リッキーさんが八重山毎日新聞に載せていた、台湾留学説明会のお誘いです。
私がその記事を読んだのが最初でした。
娘は小学6年生のときに石垣市の交流事業で台湾を訪れていて、「台湾の人たちはとても優しくて親切だった」と聞いていました。
だから私も、台湾には良い印象を持っていたんです。
お母さんのほうから、わかなさんを誘ったんですね。
そうです。
たしか高校2年生のときで、それまでは日本の大学を考えていました。
「選択肢の1つとして、とりあえず話だけでも聞いてみよう!」と私が誘いました。
台湾留学のご相談は、お子さん本人よりも先に、保護者の方が見つけてくださるケースがとても多いです。
わかなさんのように、小さい頃に台湾と接点があったお子さんなら、なおさら話が早い。
「まず話だけ聞いてみる」という軽い一歩が、進路の選択肢を一気に広げてくれます。
オンライン説明会に、親子で参加。前向きになりながらも、気持ちは半々だったといいます。
説明会を聞いてみて、率直にどう思われましたか。
説明会はオンラインで参加して、娘も私も台湾留学に対して前向きになりました。
ただ、まだまだ分からないことも沢山あって、期待半分、不安半分。
あくまでも「選択肢のうちの1つに加わった」という感じでした。
その距離感は、むしろ健全だと思います。
最初から台湾一本に絞る必要はまったくなくて、日本の大学と並行して考えるご家庭がほとんどですから。
留学を決めるまでの間、お母さんの心から離れなかったのは「安全」でした。そしてこの心配は、大学選びで娘さんの意志と正面からぶつかることになります。
留学を決める前、いちばん心配だったことは何でしたか。
やはり安全です。
石垣島から距離的に近いとはいえ外国ですし、何かあったときにすぐ駆けつけられるかが心配でした。
地震や台風などの自然災害、ケガや病気のことも考えました。
その心配で、わかなさんと意見がぶつかったことはありましたか。
あります。
何かあったときにすぐ駆けつけられるように、「できれば空港から比較的近い大学を希望してほしい」とお願いしました。
でも娘の意志は固くて、結局聞き入れてもらえませんでした。
授業内容や環境など、娘自身の希望で選んだ大学なので仕方ありません。
ただ、進学先の花蓮は災害も多い場所なので、決まった今でも心配は残っています。
正直にお話しいただき、ありがとうございます。
「心配だけれど、本人の希望を尊重した」という親御さんの葛藤は、同じ立場の方にすごく響くと思います。
わかなさんが選んだ国立東華大学は、台湾東部・花蓮にある国立大学で、広大なキャンパスと落ち着いた学習環境で知られています。
お母さんが心配されたとおり、台湾は日本と同じく地震や台風のある土地です。
だからこそ当センターでは、現地スタッフとの連絡体制と、渡航後も続くサポートを大切にしています。
安全の心配は、ゼロにはなりません。
それでも「何かあったときに、つながる先がある」という体制は、ご家族の安心に直結すると考えています。
留学準備が始まると、わかなさんは少しずつ変わっていきました。
準備を始めてから、わかなさんに変化を感じましたか。
学校の勉強も忙しい中、中国語の勉強も頑張っているなと思いました。
試験も3回受けて、少しずつレベルアップしていきました。
後半、オンライン授業が落ち着いたタイミングで、自分からアルバイトを始めたときは驚きました。
親から見て「成長したな」と思った瞬間はありますか。
日本の大学を調べるのも大変なのに、中国語で書かれたホームページや少ない情報の中から、自分で調べて志望大学と志望学部を決めたことです。
お母さんご自身の気持ちは、いつ頃から変わっていきましたか。
娘の気持ちがだんだん台湾留学に絞られていって、高3の4月には「本気で台湾留学を目指す」ということになったので、私も気持ちが固まりました。
わかなさんは中国語の検定試験TOCFLに3回挑戦し、出願で強みになるB1レベルまで積み上げました。
一度で結果を出そうとするのではなく、受けるたびに一段ずつ上がっていく。
この「積み上げ型」の頑張り方は、語学との相性がとても良いです。
そして、中国語のホームページを自分で読み解いて志望校を決めたという行動力。
留学準備そのものが、お子さんを成長させる期間になっていたことが分かります。
最終的に、お母さんが応援を決めた理由はシンプルでした。
最終的に、台湾留学を応援しようと思った決め手は何でしたか。
娘の気持ちがぶれることがなかったので、親は応援するのみです。
数ある選択肢の中で、101センターに任せようと思ったのはどうしてですか。
はじめから、きっかけの説明会も、サマーキャンプも、相談も、語学レッスンも、ずっと101センターにお世話になっていたので、他のところに任せるという気持ちは全くありませんでした。
スタッフの皆さんも親切で、親身になってくださいました。
「娘の気持ちがぶれることがなかったので、
親は応援するのみです」
合格までの道のりで、お母さんがいちばん不安だった時期。それは、意外にも高校卒業のタイミングでした。
合格までの間で、不安だった時期はありましたか。
同級生の進路が次々と決まっていく中、3月の高校卒業の時点で、うちはまだ出願すらしていない状況でした。
覚悟はしていたけれど、かなり不安でした。
そこから、わかなさんは3つの大学に合格しました。
合格が分かったとき、どう感じましたか。
素直に嬉しかったです。
「おめでとう!」と言いました。
ここは、台湾留学を考えるご家庭に必ず知っておいてほしいポイントです。
台湾の大学の出願は、多くが日本の高校卒業後の1月〜3月頃に始まり、合格発表は4月〜5月頃。
日本の受験カレンダーとは、時期が根本的に違います。
周りの進路が決まっていく中で「うちだけまだ」と感じるのは、遅れではなく、単にスケジュールが違うだけ。
わかなさんも卒業後の春に出願し、東海大学(奨学金つき)、輔仁大学、そして第一志望の国立東華大学と、立て続けに3つの合格を手にしました。
卒業式の時点で、出願はまだだった。
それでも2ヶ月後、娘は第一志望に合格した。
最後に、これから台湾へ娘さんを送り出す気持ちと、同じように迷っている保護者の方へのメッセージを伺いました。
これから台湾へわかなさんを送り出すにあたって、今どんなお気持ちですか。
新しい、広い世界を見て視野を広げてほしい。
失敗してもいろいろなことにチャレンジしてほしい。
沢山勉強して、友達を作って、充実した日々を過ごしてほしいです。
そして、無事に元気な姿で帰って来てくれればと思います。
同じように、お子さんの台湾留学で迷っている保護者の方に、伝えたいことはありますか。
心配なことは山ほどあります。
でも、日本国内の大学に進学しても、親なら皆、同じような心配をすると思うんです。
101センターのスタッフの方々が親身になってサポートしてくださるので、親の私は本当に何もしていません。
ただ応援するのみで、娘は第一志望に合格することができました。
ぜひ、一歩踏み出してみてください。
親の私は、本当に何もしていません。
ただ応援するのみで、娘は第一志望に合格しました。
心配を抱えたままでも、応援はできる。お母さんは不安を無理に消さず、体制とサポートで折り合いをつけた。
出願は高校卒業後の春が本番。卒業式の時点で未出願でも、それは「遅れ」ではない。
親の希望と違う選択でも、本人が調べ抜いて決めた道なら尊重する。その先に第一志望合格があった。
TOCFLに3回挑戦して一段ずつレベルアップ。一発勝負ではなく、受け続けることが力になる。
出願の実務はサポートに任せられる。親が何かを代行しなくても、子どもは合格までたどり着ける。
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台湾留学101センター|中国語ゼロからの台湾大学進学サポート