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「英検2級に何度やっても届かない」「TOEICの出願ボーダー550点も全然取れない」。
そんな状態から、わずか3ヶ月でTOEICを420点から620点へ、200点アップさせ、台湾トップクラスの国立大学・国立台北科技大学(北科大)の半導体プログラムに合格した高校生がいます。
4期生のそら君です。
本人の挑戦を、いちばん近くで見守っていたのが、お父さんでした。
半導体に関わる仕事をしながらも、合格通知が届くまでは「これ、やばいんじゃないの」と半信半疑だったというお父さん。
なぜ息子の台湾留学を後押ししたのか。
何を心配し、何に安心したのか。
率直な思いを聞きました。
この記事でわかること
まずはお父さんの自己紹介から。
実は、息子が学ぶ半導体は、お父さんの仕事とも縁の深い分野でした。
今日は4期生のそら君のお父さんに来ていただきました。
よろしくお願いします。
まずは簡単に、自己紹介をお願いできますか。
そらの父です。
よろしくお願いいたします。
仕事はベンチャー企業の立ち上げのコンサルティングをメインにしていまして、その中でコンピューター関係、PCやサーバーに触れる機会も多い仕事をしています。
今回の北科大は半導体プログラムですから、お父さんの仕事とも近い分野ですよね。
そうですね。
半導体やコンピューターは仕事でも近いところにあるので、息子がその道に進むことは、自分としても理解しやすかったです。
お父さんから見て、そら君はどういうお子さんですか。
そらは早生まれの2月生まれで、同じ学年の子より少し幼いところがありました。
あまり先の未来を見るというより、その場その場を楽しむタイプですね。
実は僕も昔そうだったので、よく分かるんです。
いまでこそ半導体を学ぶそら君ですが、つい1年ほど前まで、この家庭に台湾という選択肢はありませんでした。
きっかけは、ふとした出会いでした。
そら君が台湾の大学を本格的に目指すまでは、日本の進路を考えていたんですよね。
台湾留学を知ったきっかけは何だったんですか。
2025年の3月か4月ごろ、台湾のあるPC系パーツの会社の方が、こういうプログラムがあるよとパンフレットを持ってきてくださったんです。
そこから意識し始めました。
ちょうど息子が高校2年の終わりから3年の初めくらいでしたね。
その話を聞いて、お父さんはどんな印象を受けましたか。
もともと僕の方針として、中途半端に大学へ行ってなんとなく社会人になるよりも、いろいろな経験をしてほしいという思いがありました。
それに、息子が大きくなる頃は、僕らが就職した時よりずっと厳しい時代になっていると思うので、最低でも言語、英語と中国語は身につけてほしかったんです。
台湾留学は、その両方がかなう道だと感じました。
お父さんが見つけてきた台湾留学でしたが、当の本人は、最初はあまり乗り気ではなかったといいます。
その話を最初にそら君に伝えたとき、本人の反応はどうでしたか。
正直、最初はピンと来ていませんでした。
ただ、さっき話したように子供っぽくて、かっこよくいたいという気持ちがある子なので、北科大というエリートな響きが、そこに刺さったのかなと思います。
北科大と聞くと、エリートな感じはしますもんね。
でも、入口がそれだったとしても、しっかり学んでいけば本物の力になりますから。
そうですね。
きっかけは憧れでも、そこから本気で勉強すれば変わっていく。
そういう意味では相性が良かったんだと思います。
知ったのは高校3年の初めごろで、最終的に出願を決めたのが11月でしたよね。
その間は、迷われていたんですか。
迷っていたというより、僕の中ではこちらに進んでほしいという思いがあったので、「英語さえ頑張れば道は開ける」と考えていました。
日本の進路とも並行して、どちらでも行ける形で準備を進めていた感じです。
我が子を海外へ送り出すこと。
多くの保護者が不安を感じる場面ですが、お父さんの答えは意外なものでした。
素晴らしいプログラムだと思いますが、保護者として心配だった点はありましたか。
実は、あまりなかったんです。
子供っぽいところも、オーストラリアやアイスランドに子供を留学させた知人に聞いたら、「子供っぽかったけど、帰ってきたら親の手伝いもするようになった」「全然変わって帰ってきた」と言うんですね。
それを聞いて、留学は本人にとって大きなプラスになるなと思っていたので、リスクや懸念はあまり感じませんでした。
僕も実はそうだったんです。
家で家事を手伝うこともなかったんですが、台湾に行って全部自分でやらないといけなくなったとき、親の偉大さを知ったというか。
ちゃんとやらないといけないなと、自分が変わりました。
そこはもう、これからの成長に期待ですね。
この挑戦でいちばんの山場が、英語でした。
英検2級に届かなかったそら君が、どうやって3ヶ月でTOEICのボーダーを超えたのか。
いちばん近くで見ていたお父さんに聞きました。
留学の準備を始めてから、そら君に変わったなと感じたところはありますか。
前は「やれやれ」と言っても、自分に甘いところがある子だったんです。
でも、英語の授業が始まってからは、宿題も出ますし、必ず週に授業があったので、そこでサボらなかった。
周りが受験を始めている環境で、本人なりに焦りもあったのかもしれません。
ずっとフォローしていただいていたので、授業が始まってからは、明らかにやり出したという感覚がありました。
そら君は英検2級に何度やっても届かなくて、TOEICも最初は出願ボーダーの550点が全然取れませんでしたよね。
「ちょっとギリギリまずいな」という状態から、最後はどうなりましたか。
最初に受けたときは、小中学生レベルと言われるくらいの点数だったんです。
それが、最後は620点まで伸びました。
正直、あそこまで点数が伸びるとは思っていませんでした。
420点から620点。
3ヶ月で200点上がっているわけですから、伸び代でいえばいちばん伸びたと思います。
先生もすごく褒めていました。
残りのチャンスがあと1回というところで、本人もやばいと気づいて、本腰を入れて勉強したんだと思います。
遅いといえば遅いんですが、最後はしっかり食らいついていましたね。
英検2級に何度も届かなかった息子が、3ヶ月でTOEIC420点→620点。
出願ボーダー550を、しっかり超えた。
北科大半導体プログラムの英語要件は、TOEIC550点ほど。
「高い壁」に見えますが、そら君が証明したとおり、正しい環境で集中すれば3ヶ月で十分に届く水準です。
お父さんの言葉どおり、変化の決め手は本人の才能ではなく「環境」でした。
週に必ず授業があり、宿題があり、周りも受験に向かっている。
サボれない仕組みの中に身を置いたことが、自分に甘かった子を動かしました。
スコアが足りないからと諦める前に、まず正しいやり方で3ヶ月走ってみる。
その価値を、この200点アップが物語っています。
留学のエージェントは数多くあります。
仕事で忙しいお父さんが、最終的に当センターを選んだ理由はどこにあったのでしょうか。
いろいろな留学エージェントがある中で、当センターを選んでいただいた、いちばんの決め手は何だったでしょうか。
ネットでもいろいろ見たんですが、まず説明会に実際に大学の方が来られて、合同で説明があったことが大きかったです。
それと、いつでも質問ができる環境ですね。
僕らは社会人で忙しいので、ずっと対応してもらうのは難しいことも多い中で、その体制が作られていた。
それで安心できたのが、いちばん大きいです。
一般的に説明会というと、留学業者が自分たちのことを話すのがメインだと思いますが、当センターは実際に国立台北科技大学の方に来ていただいて、合同で開催していますからね。
そこは信頼につながりました。
それと、出願までのフォローですね。
僕も仕事をしながらだと、なかなか時間が取れないところを、BANDでフォローしていただきながら進められた。
それは本当に助かりました。
保護者が留学エージェントを選ぶとき、本当に見るべきは「どれだけ自分たちのことを大きく見せるか」ではなく、大学とどれだけ近いか、そして出願までどう伴走してくれるかです。
当センターの説明会には実際に大学の担当者が来て、合同で説明します。
出願準備はBANDで日々やり取りし、仕事で忙しい保護者でも置いていかれない体制を整えています。
安心して任せられること自体が、家庭にとっては大きな価値になります。
合格できるか分からなかった挑戦。
その結果が届いた瞬間、お父さんが感じたのは、純粋な喜びと、もうひとつの安心でした。
出願のサポートもさせていただいて、合格が出たとき、率直にどう感じられましたか。
もう、嬉しいだけでした。
「これ、やばいんじゃないの」と半信半疑だったので、あそこまで点数が伸びるとは思っていませんでしたから。
受かったときは「おめでとう」しかなかったですね。
合格そのものももちろんですが、それ以外で安心できた部分はありましたか。
もし合格できなかった場合に、他の大学の提案や、9月に間に合わせる代替案まで用意してくださっていたんです。
だから僕の中では、たとえ落ちても、本人がどこかに行ければいいかなと、もともと安心していました。
そのうえで受かったので、本当に嬉しかったです。
TOEICの点数が取れないとき、ここで落ちたら路頭に迷うのか、と不安に思う方は多いと思います。
そら君の場合はバックアップの大学も決めておけたので、そういう面でも安心して進めていただけたのなら嬉しいです。
非常に助かりました。
落ちてもどこかには行ける、と思えたことが、家庭としては大きな安心でした。
合格できるかどうか分からない挑戦を家庭が支えられたのは、「落ちたときの道」まで一緒に設計していたからです。
当センターでは、第一志望と並行して、合格しやすい大学・9月入学に間に合う代替案もあらかじめ準備します。
「ここがダメでも、行き場がある」という安心があるから、本人は思い切って本命に挑戦できる。
これは、合格実績そのものと同じくらい大切な備えだと考えています。
本格的な留学が始まるのは9月から。
我が子を海外へ送り出すお父さんの胸の内は、意外にも前向きなものでした。
本格的な留学が始まるのは9月からですが、いざ送り出すにあたって、今はどんなお気持ちですか。
不安は大きいですか。
不安はあまりないんです。
むしろ、僕自身が大学を出ていないので、「大学っていいな」とすごく思うんですよ。
もともと海外も好きなので、息子が今その環境に触れているのは、正直うらやましいくらいです。
冗談半分で「自分の子供に生まれたら、お前やれよ」なんて言ったりもしています。
とても前向きに考えていますし、最終的に安全に帰ってきてくれれば、それがいちばんですね。
最後に、かつての自分と同じように、我が子を海外に送り出すかどうか迷っている保護者へ。
お父さんからのメッセージです。
送り出すかどうか、迷われた時期もあったと思います。
今この動画を見ている、お子さんを海外に出すことに迷っている保護者の方に、メッセージをいただけますか。
うちの息子も高校の成績が伸び悩んでいて、進路にぶつかったんです。
このまま大学に行って卒業しても、どんな社会人になるか、好きなことができているかも分からない。
それなら、英語と中国語のトリリンガルを目指して、いろいろ潰しが効く道のほうがいい。
そこにさらに半導体という専門が加わりました。
もともとラジオ作りに興味がある子だったので、本人の好きともつながったんです。
祖母は、海外に出すのが不安だと言っていました。
そこも家族で一生懸命話し合いました。
台湾は僕も何度も来ていますが、いいところですし、安全です。
本人が一番輝ける場所であれば、ぜひ後押ししてあげてほしい。
最後はやはり、本人にいちばんやる気があるかどうかですよね。
支える側は、そっと後ろから背中を押してあげる。
そうですね。
保護者の方も、お仕事などで忙しいと思いますが、サポートはずっとしてもらえるので、そこは安心して進められると思います。
本人が行きたいのであれば、そっと背中を押してあげてほしいですね。
貴重なお話を、ありがとうございました。
北科大というエリートな響きがきっかけでも、そこからしっかり学べば本物の力になる。
週ごとの授業・宿題・受験に向かう周囲。
サボれない仕組みが、自分に甘かった子を動かした。
落ちたときの代替案まで用意されていたから、家庭は安心して本命に挑戦できた。
英語・中国語のトリリンガルに半導体という専門。
本人の「好き」とも重なり、将来の選択肢が広がる。
そら君のような合格を、あなたのお子さんにも。
仕事で忙しい保護者の方でも置いていかれないよう、出願までしっかり伴走します。
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