はるかさんのお母さん。娘のはるかさんは、この秋から国立台湾師範大学で学びます。※イラストはイメージです
きっかけは、新聞の折込チラシでした。
石垣島で育った娘のはるかさんに台湾での短期留学を見せると、「行きたい!」とふたつ返事。
そこから2年後、学校の勉強は好きではなかったはずの娘が、中国語ゼロから半年でTOCFL B1を取得し、台湾トップクラスの国立台湾師範大学に合格しました。
「勉強よりアルバイトと推し活」だった娘を、母はどんな距離感で見守ったのか。
はるかさんのお母さんに伺ったお話を、対談形式でお届けします。
この記事でわかること
まずは、お母さんから見たはるかさんについて伺いました。
今日ははるかさんのお母さんにお話を伺います。
よろしくお願いします。
はるかさんは、どんなお子さんですか。
私は東京出身なんですが、石垣島に移住して、こちらで2人の子どもを育てました。
素晴らしい環境で子育てができたことに感謝しています。
本人は、自分の好きなことにはとても頑張るタイプです。
小中学校ではテニスに、高校生のときはアルバイトに励んでいました。
一方で、学校の勉強はあまり好まないようでした。
自分の意思が強い分、人の意見はあまり聞かないと感じることもありました。
「好きなことには頑張れる。でも学校の勉強は好きじゃない」。
実は、台湾留学で大きく伸びる子に多いタイプなんです。
台湾との出会いは、偶然でした。そしてその裏には、コロナ禍で我慢を重ねた3年間への、母の思いがありました。
台湾留学は、どうやって知ったんですか。
高校1年生の終わりの春休み前に、101センターの短期留学のチラシが新聞の折込広告に入っていたんです。
本人に見せたところ、ふたつ返事で「行きたい!」と。
それで申し込みました。
以前、石垣市主催の台湾の学生との交流事業に参加する予定だったのが、コロナ禍で何度も延期の末に中止になってしまって。
中学の3年間は、修学旅行を含めてほぼ全ての行事を経験できなかったので、何か新しい経験をさせたいという私の思いもありました。
この時点では、正規留学は考えていなかったんですよね。
まったく考えていませんでした。
というより、大学にそのまま進学できる正規留学という選択肢があること自体、短期留学のあとの説明会で初めて知りました。
はるかさんのように、短期留学が正規留学への入口になるケースは非常に多いです。
まず現地を体験して、台湾との相性を確かめる。
合うと分かってから、進路として考え始める。
この順番なら、親子とも無理がありません。
進路として台湾留学が挙がったとき、お母さんは冷静に「日本の大学に行った場合」と比べていました。
台湾留学が進路の選択肢に挙がったとき、どう思われましたか。
本人にとって良い選択肢だと思って、基本的には賛成でした。
本人は大学進学を希望していましたが、学校の勉強が好きなわけではありません。
日本の大学に進学したら、おそらく高校時代と同じで、勉強は二の次でアルバイトと推し活中心の生活になることが目に見えていました。
「そのために大金を出すわけにはいかない」ということは、本人に何度も伝えていた時期でした。
そのたびに、険悪なムードになったりもしましたが。
そこで台湾だと、何が違ったんですか。
台湾に留学すれば、否応なしに中国語で専門分野を学ばなければいけません。
それができるようになるだけでも素晴らしいと思いました。
若いうちに海外で多様な価値観に触れることも、とても良い経験になります。
それに、欧米への留学と違って、経済的に可能だったことももちろん大きな要因のひとつです。
日本の大学なら、勉強は二の次になっていたはず。
台湾なら、学ぶことが生活そのものになる。
お母さんのこの分析は、本質を突いています。
台湾の大学では、授業も、買い物も、友達づきあいも、生活のすべてが学びの場になります。
「机に向かう勉強」が苦手な子でも、環境そのものが学ばせてくれるのが留学の強みです。
実際、はるかさんは中国語ゼロから半年でTOCFL B1に到達しました。
好きなことに没頭できる集中力は、環境さえ合えば、語学でも発揮されます。
留学そのものへの心配を伺うと、意外な答えが返ってきました。親子がぶつかったのは、別のところだったようです。
留学を決める前、心配だったことはありましたか。
正直、心配なことは特にありませんでした。
ただ、私は台湾留学や入試について全く知らないので、「そうした面ではサポートできない」ということは本人に伝えておきました。
準備期間中、意見がぶつかったことはありましたか。
留学そのものでぶつかった記憶はありません。
ただ、本人は台湾留学を決めてからも、アルバイトや自分の楽しみの時間をかなり取っていたので、そこはかなり対立しました。
「なぜこの時期に、推しのライブに行くのか」と。
石垣からだと、飛行機で泊まりがけになりますから。
離島ならではの臨場感があります。
でも結果から言えば、はるかさんは楽しみを取り上げられなくても、やるべきことはやり切ったんですよね。
はるかさんの頑張り方は、コツコツ型ではありませんでした。それでも、結果を出していきます。
準備が始まってから、はるかさんに変化はありましたか。
中国語のオンラインレッスンには、真面目に取り組んでいたと思います。
「成長したな」と思った瞬間はありますか。
高校の定期テストの1週間前と、TOCFLの試験の1ヶ月前は、別人のように、いわゆる「受験生」モード全開で勉強に励んでいました。
試験が終わった途端、もとの生活に戻っていましたけどね。
メリハリ型ですね。
本番から逆算して集中を作れるのは、それはそれで立派な能力だと思います。
「安易な理由で台湾を選ばせない」。お母さんには、応援する前に確かめたいことがありました。
最終的に応援を決めたのは、どのタイミングでしたか。
「入試のための勉強をしなくて済むから」とか、「今の学力では日本で行きたい大学は難しいから」といった理由では選ばないように、本人には伝えていました。
高校2年生の夏休みに日本の大学のオープンキャンパスにも行って、その上で本人が台湾留学を希望した。
それが決まった時期だと思います。
基本的に本人の意向を尊重する方針なので、自分で考えて決めたことは応援します。
101センターに任せた理由も伺えますか。
春休みの短期留学を経験していたので、安心感がありました。
説明会での印象も良かったです。
留学に関することは全てお任せできて、進学後のサポートもある。
内容が充実していて、料金も妥当かなと思いました。
それと、代表が石垣出身なので、離島の状況を理解してくれていることも心強かったです。
「逃げの理由」では選ばせない。
日本の大学も見た上で、本人が台湾を選んだ。
「入試勉強を避けたいから海外」という動機では、渡航後に必ず苦しくなります。
お母さんが求めたのは、日本の大学という選択肢を実際に見た上での、前向きな決断でした。
オープンキャンパスに行かせてから決めさせる。
このひと手間が、はるかさんの「自分で選んだ」という当事者意識を作り、半年でTOCFL B1という頑張りにつながったのだと思います。
私自身も石垣島の出身なので、離島から海外へ挑戦する家庭の事情は、自分ごととして分かるつもりです。
合格の知らせの届き方も、このご家庭らしいものでした。
合格が分かったときのことを教えてください。
先に東海大学の合格が分かって、ひとまず安心しました。
台湾の大学入試の倍率や合格基準がよく分からなかったので、「全部落ちたら就職だよ!」と本人には話していたんです。
本人は4月の初めに台湾へ渡っていて、向こうから初めて電話をかけてきて、国立台湾師範大学の合格を伝えてくれました。
「おめでとう、よかったね」と伝えたら、すぐに切られました。
そのそっけなさも含めて、親子の距離感が伝わってきます。
師範大は台湾トップクラスの国立大学ですから、堂々たる結果です。
最後に、これからの気持ちと、迷っている保護者へのメッセージを伺いました。
これからのはるかさんに、どんなことを期待していますか。
本人はこれからがスタートなので、自分で決めた道で頑張ってほしいと思います。
私は、台湾に遊びに行くのが楽しみです!
同じように迷っている保護者の方に、伝えたいことはありますか。
台湾留学に限ったことではないですが、結局、本人の意思がいちばん大事だと思います。
あとはセンターのサポートがしっかりしているので、中国語の学習から入試に関すること、細かい書類の提出まで、何から何まで対応していただきました。
本当に心強く、何の心配もなくやってこられました。
この場を借りて、センターの皆様には感謝申し上げます。
こちらこそ、ありがとうございました。
台湾にいらっしゃる際は、ぜひ現地の様子も見ていってください。
結局、本人の意思がいちばん大事。
あとは任せられる先に、任せればいい。
机の勉強が苦手でも、生活のすべてが学びになる留学環境なら、その子の集中力は違う形で発揮される。
日本の大学のオープンキャンパスも見た上で決めさせる。このひと手間が本人の当事者意識を作る。
アルバイトも推し活も続けながら、試験前は本気モード。メリハリ型の頑張り方も尊重していい。
「私はサポートできない」と正直に伝え、実務は専門のサポートに任せる。それで合格までたどり着けた。
「人の意見を聞かない」と見えていた頑固さが、周りと違う道を走り切る力になった。
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